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無事に返してほしければ 第四回

by 小説丸

死んだはずの息子が誘拐された。それは一家崩壊の序章に過ぎなかった。

先読み書店員の98%が呆然・驚愕した誘拐ミステリーを、先行公開。

あなたもきっと、騙される!

著 白河三兎

 通話が切れた途端に、令子が「啓太が生きてた! やっぱり生きてた!」と騒ぎ立てた。半狂乱になるのも仕方がない。啓太の声にかなり近かったし、母親を『レイちゃん』と呼んだのも本人を裏付ける証拠だ。私たちの息子は親を『ちゃん』付けで呼んでいた。

 しかし私は半信半疑だった。悪戯電話の愉快犯ではなくても、誘拐に見せかけた詐欺なのでは? 啓太の声に似た子供が共犯者の可能性はある。親戚やママ友は啓太の声の特徴や親の呼び方を知っている。担任だった先生やサッカー教室のコーチも怪しい。

 啓太の声のデータを持っていれば、練習を重ねて似せることは可能だ。幼稚園や小学校の行事、近所・親戚付き合い、習い事などで動画を撮られたことはある。啓太の友達でスマホを持っていた子も、普段の遊びの中で撮影していた可能性がある。犯人は身近にいるのかもしれない。

「拓真、どうしてお金を用意してないの?」と興奮が収まった令子が鋭い調子で訊いてきた。「何やってたのよ。『なんとかする』って言ったでしょ」

「すまない。最初は工面しようと思ったんだけど、誘拐を装った悪戯電話が流行っているっていうニュースを観たら半信半疑になって、その……。犯人からの連絡も滞っていたし……」

 気まずくて口が重くなる。

「拓真って本当に薄情。親なら疑う前に信じる。疑う気持ちがあっても、先ずは生きていることを信じて最善を尽くすものでしょ。啓太のこと、本気で愛してないんじゃない?」

「そんなことない」と私は言葉を絞り出した。「そもそも八千五百万なんて全財産を擲っても半分くらいしか用意できないんだ」

「今更なんなの? なんで私に相談しないの? 『なんとかする』って見栄だったの? 拓真っていっつもそう。自分で勝手に決めるくせに、口だけ。『やるやる』言って、やったためしがない。見栄っ張りの嘘つき」

「言いすぎだ。『いっつも』ってことはないだろ。仕事をセーブしてからは、約束事はきちっと守ってる。見栄っ張りは令子の方だ。なんだかんだ言ってても、親戚の集まりの時には『食べログで一位になった』とか、『ハワイ旅行をプレゼントされても、日本で仕事してる旦那の姿がちらついて全然楽しめない』とか自慢していたじゃないか」

 つい感情的になって余計なことまで口にしてしまった。自制しようとしたのだが、抑えられなかった。

「自慢じゃない。ただの近況報告よ」

「令子はそう思ってても、相手には自慢としか聞こえない」

 きっと近所でも同じようなことを言っていただろう。ママ友から反感や妬みを買っていても不思議じゃない。

「もういい。終わったことを話してる場合じゃない」と妻は一方的に過去の話題を打ち切った。「今が大事なの。これからどうするの? 啓太の未来を守ることを真剣に考えて」

 釈然としないものを感じながらも私は「とりあえず、売れるものは全て売るよ」と意見を出した。

「足りない分はどうするの?」

「犯人と交渉して負けてもらうしかない」

「駄目。決裂したら啓太の命が危ない」

「二年半も啓太を匿っていたんだから、多少の情は移っているはずだ。犯人が手に掛けることはないと思う」

「そんなの絶対じゃない。楽観的なことを言わないで」

 令子こそいっつもだ。『どうするの?』『なんで?』と訊いてばかりで、自分では考えない。そのくせ、私の意見や提案に対して必ずいちゃもんをつける。何を言っても、ああ言えばこう言う。だから相談したくないのだ。

「じゃ、どうするんだ?」と私は試しに投げかけた。

 妻は眉間に悩ましげな線を作ってしばらく黙り込んだ。二分ほど待ってみたけれど、口を開かない。やはり名案は浮かばないようだ。

「駄目モトで親に相談してみるよ」と私は言う。「ひょっとしたらこっそり貯えているかもしれない。できるだけ八千五百万に近付ければ、値切りやすくな……」

「いっそのこと通報しよう」

「それこそ危険だ。犯人に知られたら何をしでかすかわからない」

「犯人は『警察に言うな』って口止めしなかった」

「言わなくても、常識だろ」と私は語気を強めて説得する。「次、犯人からの電話がかかってきたら、私が出る。減額の交渉をしてみる」

「犯人は応じない。八千五百万っていう切りの悪い金額を要求したのは、どうしてもその額が必要だからよ」

「そうかもしれないし、そうじゃない可能性もある。交渉しないことにはわからない」

「やめて。大体、要求通りにしても、啓太を返してくれる保証はない。さっき、『情が移っているから殺さない』みたいなことを言ったけど、逆じゃない? 二年半も啓太を監禁していたんだから、犯人は顔を見られているに決まってる。口封じに殺す危険性の方が高いよ」

 珍しく令子の言い分が正しかった。全額払っても啓太を解放するとは限らない。できることなら内々で済ませたかったけれど、警察に頼る以外に選択肢はない。

 令子に促された私は固定電話の受話器を手に取り、『1』『1』『0』と押す。繋がった瞬間、後ろ暗い気持ちが胸の奥から染み出てきた。

2018年10月22日より毎日更新

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2018年10月25日発売「無事に返してほしければ」著/ 白河三兎

運営: 小説丸 (小学館)

表紙イラスト:宮坂 猛

Photo: aicocco

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