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無事に返してほしければ 第九回

by 小説丸

死んだはずの息子が誘拐された。それは一家崩壊の序章に過ぎなかった。

先読み書店員の98%が呆然・驚愕した誘拐ミステリーを、先行公開。

あなたもきっと、騙される!

著 白河三兎

 手持ち無沙汰な私はキッチンに立った。料理をしているといくらかは気が紛れる。じゃがいものリゾットとシーザーサラダを作り、刑事たちに「あの、切りのいいところで食事にしませんか?」と勧める。もう十四時を回っていたが、私も彼らも朝から何も食べていなかった。

 令子は寝室で眠り続けていたので、三人で食事を摂った。夢の中にいる方が彼女にはよいだろう。目覚めても苛酷な現実に直面するだけだ。事件が解決するまでは穏やかな寝顔を見せていてほしい。だが、当てもない願望に縋るのは不毛だ。今のうちに予防線を張っておかなくては。

 食後には珈琲とビスコッティを振る舞った。刑事たちの胃袋を満たしたあとで、「捜査の進展具合を教えてもらえないでしょうか」というお願いを食卓に載せた。

「妻が目覚めたら現状を知りたがると思うのですが、私の口から伝えたいんです。その方がスムーズに事が運びそうで」

 私自身も知りたかった。気掛かりで居ても立っても居られないのだ。クマさんが「そうですね。奥さんのことをよく理解している旦那さんに任せた方がよいですね」と私の要望を受け入れた。そして「先ず、長崎からの電話ですが」と進捗状況を話し始めた。

 警察は昨日の昼過ぎに電話をかけてきた人物を勾留している。公衆電話付近の防犯カメラと目撃情報などから足取りを追い、近隣住民の聞き込みを行って割り出した。尾崎順平。三十二歳。長崎市内の大手自動車メーカーの営業所でカーアドバイザーをしている。

 当初、尾崎順平は黙秘した。彼の身辺を洗っても誘拐事件と結びつくものが何も出てこなかったので、警察は犯人による脅迫を疑った。そこで「何かを恐れて口を閉ざしているのなら、その恐怖を我々が全力で取り払う。だから知っていることを話してほしい」と条件を出した。すると、尾崎順平は「家族の身の安全を保障してください」と頼み、洗い浚い打ち明けた。

 五日前、日野啓太と名乗る人物から勤め先の営業所に電話がかかってきた。子供らしき声が尾崎順平への取り次ぎを求める。当人が電話に出ると、ボイスチェンジャーの声で「少しでも妙な動きを見せたら、人の命が一つ消えるぞ。普段通りに電話しろ」と脅迫した。

 同僚の悪戯だと思った尾崎順平はあたりを見回す。

「きょろきょろするな」と犯人が注意した。「信じようが信じまいが君の自由だが、俺は誘拐犯だ。言う通りにしなければ、人質を殺す。君とは無関係の人間だ。でも君のせいで死ぬ。死んだら、君個人や君の会社は遺族に責められ、世間から叩かれるだろう。また、君の息子にも不幸が訪れる」

 尾崎順平の子供の名前、年齢、通っている小学校の校名を言い当て、「いつでも攫ってやるぞ。警察に頼っても無駄だ。俺たちを逮捕できたとしても、別の組織に実行させて必ず報いを受けさせる」と警告した。

 そして「今から言うセリフを一つずつファイルに分けてスマホに録音しろ」と命じ、次々に発していく。中には子供の声もあった。恐怖に支配された尾崎順平は言われるがままに黙々とスマホを操作した。

 録音後に、「これから君は俺の代わりに日野啓太くんの家に脅迫電話をかけることになるが、相手の発言に合わせたセリフを速やかに再生しろ」と使い道を明かし、事細かに指示した。

 日野啓太くんの親が電話に出たら、「八千五百万は用意できたか?」を。返答がイエスなら「褒美に、子供の声を聞かせてやる」を。ノーなら「明日までに死にもの狂いで掻き集めろ。いいな?」を再生しろ。

 その返答がイエスなら「やる気が出るよう、子供の声を聞かせてやる」を。ノーなら「これを聞いても、同じことが言えるかな?」を。もし相手が先に「息子の声を聞かせて」などと求めた場合は、「いいだろ。少し待ってろ」を再生しろ。

 子供の声を流す時は、相手が母親なら「レイちゃん?」「レイちゃん、助けて」「怖いよ。早く助けて」を。父親なら「タクちゃん?」「タクちゃん、助けて」「怖いよ。早く助けて」だ。

 相手が子供に話しかけている途中で「もういいだろ」を再生し、向こうの発言を待ってから「耳を揃えて八千五百万円を用意しろ。また連絡する」を聞かせる。そしてすぐに電話を切る。

 相手に会話の主導権を握らせないためのセリフも録音させていた。意にそぐわないことを言い出したら、「勝手に喋るな」「訊かれたことだけに答えろ」「電話を切ってもいいのか?」「交渉は決裂だ」から適切なものを選んで牽制する。

 犯人は念入りにセリフの使い方を指導すると、「スマホは音声が出るところを受話器の口に向けるんだぞ」と注意したあと、実行する日時と日野家の電話番号を伝えた。

 それから「君の自宅の最寄り駅の公衆電話からかけて、その後は近くのコンビニできっかり三時間立ち読みしろ。きょろきょろはするなよ。素人の君に気付かれるような監視はしない。挙動不審な男になるだけだから、俯いてろ」と命じた。

 最後に「無論、このことは俺と君だけの秘密だ。他言した時のことは言わないでもわかるだろ?」と念を押して通話を終えた。

2018年10月22日より毎日更新

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2018年10月25日発売「無事に返してほしければ」著/ 白河三兎

運営: 小説丸 (小学館)

表紙イラスト:宮坂 猛

Photo: aicocco

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