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無事に返してほしければ 第十回

by 小説丸

死んだはずの息子が誘拐された。それは一家崩壊の序章に過ぎなかった。

先読み書店員の98%が・驚愕した誘拐ミステリーを、先行公開。 

あなたもきっと、騙される!

著 白河三兎

 電話会社に照会してみたところ、犯人が我が家から四キロほど離れた公衆電話を使って尾崎順平に電話したことが判明した。だが、その電話ボックスは人気のないところにあるので、有力な情報は得られていない。

 ヒナが「犯人は尾崎順平を囮に使ったのです。被疑者に仕立て上げ、警察に追わせて捜査を撹乱させるのが狙いでしょう。そのために、人目に付いて防犯カメラのある駅前の公衆電話を指定したんです。長時間の立ち読みも。ただ、警察に『長崎はダミーだった。他を捜そう』と思わせて尾崎順平の近くに潜伏している、という線も捨てられません」とどっちつかずの推理をする。

 犯人に翻弄されっぱなしなので、慎重になっているのだろう。昨日の夕食後にかかってきた東京からの電話で、相手は肉声で「言伝を預かっています」と前置きをした。それで、刑事たちは『警察の介入を知った犯人は、これからは直接連絡せずに無関係な人を脅してメッセンジャーにするつもりだ』と考えた。

 機械音声は犯人から、肉声はメッセンジャーからの電話だ。そう思い込んでいた警察は長崎の電話の捜査に力を入れた。しかし長崎からの電話もメッセンジャーを介していたのだった。

 もしかしたら、一番初めの電話からメッセンジャーを使っていたのかもしれないが、『俺を欺こうとした愚か者には』の電話も録音されたものだったんじゃ? 亜乃を拉致したあと、すぐに目星をつけていた一般市民に電話してメッセンジャーの役目を押しつけることは不可能じゃない。

 啓太の声を聞かされた時と同様に、亜乃もこちらの問いかけに答えなかった。喚いただけなので、録音だったのでは? もちろんパニックに陥っていたから、と捉えることもできるが……。

 完全に疑心暗鬼だ。どの電話もメッセンジャーを介しているように思えてくる。更には、『尾崎順平を脅した電話も犯人に脅された人がかけたんじゃ?』とさえ怪しんでしまう。メッセンジャーがメッセンジャーを生み出しているのなら、捜査は一段と難航する。

 子を愛する親をメッセンジャーに仕立て上げるのはそう難しくない。犯人の脅し文句を鵜呑みにしないで『ハッタリかも?』と疑っても、『もし本当だったら?』という懸念が付き纏う。最悪の事態がちらりとでも頭を掠めれば、尾崎順平のように従順にならざるを得ない。

 昨夜の東京からの電話は捜査範囲を絞り込んでいる段階なので、もうじき発信者を特定できるそうだ。しかしメッセンジャーである見込みが高く、事件解決の糸口にはならないだろう。強く引っ張ったらすぐに切れてしまう。その程度の手掛かりに違いない。

 現状はすこぶる芳しくない。犯人の影さえ掴めていない。ただ、ポジティブな要素が一つだけある。声紋鑑定の結果、脅迫電話の「レイちゃん、助けて」の声とブルーレイディスクの『啓太 桃太郎に挑む』に収められた主役の声が一致した。同一人物のものであることが判明したのだ。

 啓太の生存が確定し、胸を撫で下ろす。そしてホッとできた自分にホッとした。私だって『生きていてほしい』と切に願っていた。令子の不貞が良からぬことを想像させる時もあるけれど、大切な子だ。自分の子だと信じて私なりの愛し方で目一杯可愛がっていた。

 妻にも飛びっきりのニュースになる。警察に対する不信感やフラストレーションを吹き飛ばす好材料だ。私もクマさんたちに倣って声紋鑑定の結果を伝えるのは最後にしよう。

 十五時過ぎに令子は目を覚ました。私が進捗状況を話すと、案の定不快感を顕にする。思うように捗らない捜査に落胆し、「だらしない!」「役立たず!」「税金泥棒!」「死んで詫びろ!」などと憤った。ベッドの端に浅く座っていた私は頃合いを見計らって、取って置きの朗報を伝えた。

 期待通り怒りはぱたっと消えたが、妻は喜ばなかった。全く手をつけられずに彼女の太腿の上で冷めていったリゾットをゆっくりと食べ始める。音を立てずにスプーンで掬い、そーっと口に運んで時間をかけて咀嚼した。

「どうした? 嬉しくないのか?」

「拓真は嬉しいの?」と訊き返す。

「もちろん。啓太が生きていたんだ。喜ばしいことじゃないか」

 妻が小さな溜息を吐いた。それは大きな不満がある時のサインだ。

「捜査にだって好材料だ」と私は早口で言う。「生存が確定したことで、啓太を救助した人が犯人である可能性が高まった。川沿いに住んでいる人か、釣り人か、キャンパーか。今、啓太が行方不明になった川の下流で大規模な聞き込みを行っている。付近の釣具店やアウトドアショップにも。うまくいけば、犯人のアジトが見つかるかもしれない」

「私はずっと信じていた。生きてるって。脅迫の電話がかかってくる前からずっと、ずっとずっと。親なら当然のことでしょ。最低でも、電話があってからは信じるもの」

 しまった。考えが足りずに墓穴を掘った。令子を元気づけるどころか機嫌を損ねてしまうとは。

「信じていなかったわけじゃない」と私は泡を食って訴える。「半信半疑だったんだ」

「いっつも拓真は中途半端。家庭でも仕事でもズバッと振り切れないから、親としても経営者としてもそこそこにしかなれない」

「至らないところはたくさんあると思うけど、自分なりに家庭と仕事を両立させようと気張ってきた。令子の助けになりたいこともあって」

「そんなこと一つも頼んでない。自己満足を押しつけないでよ。家のことは何も困ってなかった。拓真は仕事だけやっていればよかったのよ」

 さすがにムカッときた。散々『拓真にとって家は寝るためだけの場所ね』『父親としての自覚がない!』『仕事と家族、どっちが大事なの?』とがなり立てていたじゃないか。

2018年10月22日より毎日更新

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2018年10月25日発売「無事に返してほしければ」著/ 白河三兎

運営: 小説丸 (小学館)

表紙イラスト:宮坂 猛

Photo: aicocco

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