LOG IN

無事に返してほしければ 第十三回

by 小説丸

死んだはずの息子が誘拐された。それは一家崩壊の序章に過ぎなかった。

先読み書店員の98%が呆然・驚愕した誘拐ミステリーを、先行公開。 

あなたもきっと、騙される!

著 白河三兎

 ミニクーパーが出発して約一時間、どちらのパソコンでも地図上の赤いピンが北上を続ける。ふと、令子にスマホを携帯させたらGPS機能で追跡されることくらい犯人もわかりそうなものだ、と引っかかった。クマさんに訊いてみる。

「おそらく、犯人は身代金の受け渡し場所の連絡をした時に、『通話後にスマホを車外に捨てろ』と命じるのでしょう」

「なるほど」

「大丈夫ですよ。たとえ『アタッシュケースも車外に捨てろ』と指示されたとしても、奥さんを見失ったりはしません。どこでルートを変更してもいいように方々に捜査員を待機させています」

 通話中だったヒナが私たちのところに戻り、「新潟から電話をかけた男を見つけました」と報告した。

「随分と早いな」

 一時間ほど前にかかってきた電話もすぐに発信元を特定できた。間髪を容れずクマさんが協力を要請したので、新潟県警が現場に急行して捜査に当たっていた。

「公衆電話付近の聞き込みを行ったら、早々に不審な家の情報を得たんです。『ベランダに干してあるシーツにマジックで数字が書かれている』と」

「数字?」とクマさんが首を傾げる。

「十一桁の数字です」

「携帯電話か!」

「はい。令子さんのスマホの番号です」

 犯人がただの通行人を装ったり、遠くから双眼鏡を覗いたりすれば、メッセンジャーと接触することなく妻の電話番号を知ることができる。安全な伝達手段だ。

「周辺での不審者の目撃情報は?」

「今のところは何もありません」

「その家の住人と犯人の繋がりは?」

「まだ黙秘しているので詳しいことはわかっていません。ですが、今日の午前にシーツの男は勤務先の病院で日野啓太と名乗る子供からの電話を受けています。通話履歴を調べてみたところ、シーツの男は東京の足立区の公衆電話と通話していました」

 ここから足立区へは車で一時間もかからない。

「日野家から数キロ圏内の公衆電話は埼玉の警察にマークされているって読んで俺たちの管轄外からかけたんだな」

「おそらく」

「こっちの動きが筒抜けって感じだ。犯人には俺たちの手札が見えてんのか?」

「仮に筒抜けであっても、私たちの裏をかこうとして出したカードから向こうの手札を予想できます。シンプルに考えれば、犯人はこの付近に潜伏していて、長時間アジトを留守にできない事情があって何百キロもの遠出はできない、ということになります」

「その考えに基づくと、単独犯になるな」とクマさんが顎鬚を擦りながら推理する。「仲間がいるなら北海道でも沖縄でも行かせて、そこから電話をかけられる」

「はい。これまでも仲間の存在をちらつかせるだけで、複数犯である証拠は何も出てきていません。全て一人でも行える犯行です」

「ちょっといいですか」と私は口を挟んだ。「犯人が尾崎順平さんに電話した時、『きょろきょろするな』と注意したんですよね? 電話役と監視役、二人はいるんじゃないでしょうか?」

 監視役が尾崎順平を見張り、ターゲットの挙動を逐一電話役に報告していたはずだ。

「当て嵌まりそうなことを言っただけかもしれません。思考を巡らせる時に目は自然と左右に動くものです。緊張や不安を感じる時には瞬きが増えます。それらは『きょろきょろする』と捉えることが可能です」

「なるほど」

「確かに、可能だな」とクマさんも同意した。「けど、単独犯ならシーツの番号は見に行かなくちゃならない。二人の人質を連れて移動するのか? かなりリスキーだぞ」

 犯人は新潟で落ち合うつもりか? 令子が北進し続ければ新潟方面へ行く。

「危ない橋を渡れば、捜査員の間に『そんなリスクを冒すはずがない』という隙が生まれます」

「ハイリスクハイリターンか」

「ですが、すでに犯人が令子さんの番号を知っている可能性もあります。私たちを掻き乱すために知らない振りをし、故意に回りくどいことをしているのかもしれません」

「でもそうじゃない可能性もある。本当は複数犯で単独犯に見せかけているってことも」

 ことごとく先手を取られているから二人とも歯切れが悪い。どうしても『犯人は更に先を読んでいるのかも?』と疑わずにはいられないのだ。

「はい。決めつけずに多角的な捜査を行いましょう」

「シーツの男は医者なのか?」

「放射線技師です。犯人からと思われる電話を受けたあと、早退しています」

「既婚者か?」

「はい。五歳と三歳の男の子がいます」

 ほぼメッセンジャー確定だ。技師の男も『子供を攫うぞ』と脅されたに違いない。

「昨日の東京、新宿区からの電話の方は?」

「まだ特定できて……」

 出し抜けに、警察の無線機が「日野令子の車がラブホテルに入りました」と伝えた。クマさんが即座に「そのホテルを中心に包囲網を張れ。チェックアウトした人間は全て尾行しろ」と指令を出す。

「ラブホテルの駐車場はまずいですね」とヒナが険しい顔付きで危惧する。「外からは何をしているのかわからない。中からは侵入者を確認しやすい。簡単には近付けないので、犯人はじっくり身代金をチェックすることができます」

 大変だ。発信器や偽札がバレてしまう。安全なお金だけ自前の鞄に詰めて逃げる気なんじゃ?

「よし、カップルを装った捜査員を潜入させよう」

 クマさんが次の手を決めた直後に、私のスマホが鳴る。確認してみると、令子からだった。ハンズフリーモードにしてから通話ボタンをタップする。

「今さっき公衆電話から着信があったの。犯人の伝言を預かった人が『最寄りのラブホテルに入れ。身代金を載せたまま半ドアにして車から降り、二〇二号室にチェックインしろ。その部屋が空き室じゃなかったら、一時間半は待っていい。それでも空かなかった時は、身代金の一部を利用客に渡してでも空けてもらえ』って」

「空いていたのか?」

「うん。あと、『自宅にいる警察の連中を二階のバルコニーに出し、日野拓真に鍵をかけさせろ。カーテンも閉じさせろ。全員の姿を確認できたら、次の指示を送る』って」

「わかった」

「伝言以外のことは話すなって言われたからもう切るね」

「ああ」と言ったあと、慌てて呼ぶ。「令子!」

「何?」

「結婚してくれてありがとう」

 胸の奥には愛とは正反対の感情もある。でも胸の中にあるものを全て篩にかけた時、最後に残るのは感謝の気持ちだ。

「私も。私も拓真と結婚してよかったって思ってる」

「気をつけて」

「うん」

2018年10月22日より毎日更新

無事に返してほしければ 第一回

無事に返してほしければ 第二回

無事に返してほしければ 第三回

無事に返してほしければ 第四回

無事に返してほしければ 第五回

無事に返してほしければ 第六回

無事に返してほしければ 第七回

無事に返してほしければ 第八回

無事に返してほしければ 第九回

無事に返してほしければ 第十回

 無事に返してほしければ 第十一回

 無事に返してほしければ 第十二回

 無事に返してほしければ 第十四回

 無事に返してほしければ 第十五回

 無事に返してほしければ 第十六回

2018年10月25日発売「無事に返してほしければ」著/ 白河三兎

運営: 小説丸 (小学館)

表紙イラスト:宮坂 猛

Photo: aicocco

OTHER SNAPS