LOG IN

冥土ごはん 第二回

by 小説丸

著 伽古屋圭市

イラスト: 北村みなみ

あの世とこの世をつなぐ洋食店で起こる、五皿の奇跡を描くミステリー。

すでに続編が熱望されている注目作の第一話「別れのライスオムレツ」を先行公開。

あなたの“最後の晩餐”は何ですか?

「お待たせいたしました」

 目の前にオムライスの皿が置かれた。中央と周囲にたっぷりとかけられたデミソースが、光を照り返してきらきらと輝いている。匂いが、さらに甘く、さらに濃厚に漂い、食欲をそそる。卵は半熟気味のふわとろタイプのものだ。

 逸る気持ちを抑え、籐で編まれた小さなバスケットからスプーンを取り出すと、「いただきます」と口中でつぶやいた。スプーンをそっと差し入れる。

 ひと匙目を口に運び、思わず目をつぶった。卵本来のまっすぐで素朴な味に、デミソースの酸味が絡みつき、とろとろのオムレツが舌の上で溶けてゆく。チキンライスもまた、デミソースによってほどよい甘みが引き出される。さらに鶏肉やマッシュルームの食感が、味わいに彩りを添えてくれる。すべての要素が手を取り合い、絶妙なアンサンブルを奏でていた。

 どこまでも甘く、どこまでも幸せになれる味。

 気づけば夢中になって食べていた。オムライスには特別な思い入れがある。だから数多くの店で食べ歩いてきた経験があるけれど、最高に近い味だった。特にデミソースは絶品で、数多の食材の旨みが凝縮され、底が知れないほどに味わいが深い。

 食べ終わり、満足感とともにそっとスプーンを置いた。この店に出会えたことに心より感謝する。

 洋食は手軽に非日常を味わえる贅沢だ。

 だから余韻が去ってゆくとともに、現実が戻ってくる。

  明日からの生活、どうしよう……。

 自然とため息が漏れたとき、店の奥、カウンターの横にあった扉が開いた。厨房であろう扉の向こうから姿を見せたのは、見上げるほどの大男だった。もみあげから顎にかけて立派なひげを蓄えている。歳は四十前後で、白い調理服を着ているのでシェフだと思える。

  のっそり、といった感じで歩を進めた彼は、ほど近い壁に紙を貼りはじめた。こざっぱりとした店内にはおよそ似つかわしくない、手書きの貼り紙だ。〈急募〉という文字が赤いマジックでギザギザに囲まれている。どうやらアルバイトを募集しているらしい。

 来たときと同じように、緩慢な動作で戻りはじめたシェフに、

「あの──!」

 悠人は思わず声をかけていた。自分で自分の行動に驚く。

 歩みを止め、振り返ったシェフが、覗き込むように見つめてくる。その目は風貌とは裏腹に優しげなもので、かろうじて萎縮することなく言葉を継げた。

「その、いま貼りました、貼られました? つまり、その──」壁の貼り紙を指さす。「そこにある、アルバイト募集は、調理経験とかは必要なんでしょうか」

 情けないほど要領を得ない話し方に、最後は声がしぼむ。けれどシェフはまるで気にしない様子で、にっこりと笑った。

「募集は接客業務ですから、経験の有無は問いません。もしかして、応募してくださるのですか」

 とても丁寧で、優しい口調。勇気を得て、勢いだけではなく、たしかな決意のもとに頷く。

「はい。調理経験はまるでないんですが」

「問題ありません。では、よろしくお願いします」

 丁重なお辞儀をされ、あたふたとしてしまう。

「あ、はい。よろしくお願いします。あ、でも、今日は履歴書とかは持ってきてなくて」

「履歴書? 必要ないですよ。もう採用ですから」

「え? あの、その、面接とかは」

「これだけ話せば充分です。それに失礼ながらあなたの様子は、厨房からも見えていました。とても幸せそうにオムライスを食べてくださっていた。私がアルバイト募集の貼り紙をしたとき、あなたは初めてこの店にやってきた。これもまた導きであり、出会いだと思います。あっと、これはもう必要ありませんね」

  先ほど貼ったばかりの紙を、シェフはあっさりと剥がしてしまった。

2018年11月30日より毎日更新

冥土ごはん 第一回

冥土ごはん 第三回

冥土ごはん 第四回

冥土ごはん 第五回

冥土ごはん 第六回

冥土ごはん 第七回

冥土ごはん 第八回

冥土ごはん 第九回

冥土ごはん 第十回

冥土ごはん 書籍の購入

素材提供

写真提供: aicocco

おすすめの小説

OTHER SNAPS