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冥土ごはん 第七回

by 小説丸

著 伽古屋圭市

イラスト:北村みなみ

あの世とこの世をつなぐ洋食店で起こる、五皿の奇跡を描くミステリー。

すでに続編が熱望されている注目作の第一話「別れのライスオムレツ」を先行公開。

あなたの“最後の晩餐”は何ですか?

「すぐさま、明日はまずい、と信之介さんは言いました。明日ではなく、六日後にしようと。それでわたしは頭に血が上ってしまいました。大事な話だと言ったのに、どうしてそんなに待たされるのだろうと。心を乱されたわたしは、それなら佐々木さんと行ったらいいでしょ、と言い捨て、その場から立ち去りました。子供じみた言いぐさだったと思いますが、どうしてもいたたまれなかったんです」

 冷静に話そうと思っていたのに、感情がほとばしってしまうのを抑えられなかった。胸に手を当て、気持ちを落ち着ける。

「うしろから呼び止める声が聞こえましたが、振りきるように足を速めました。そのとき、そう、辻の左側から、自動車が突然飛び出してきたんです。いえ、飛び出したのはわたしですよね。衝撃と、熱を感じたのは覚えています。でも……そのあとの記憶はありません。きっとそのとき、わたしは死んでしまったのですよね」

 珠代は再びスプーンを手に取り、まだ半分ほど残っているライスオムレツを切り取った。持ち上げ、けれど口には運ばず、切り取られた料理に視線をそそぐ。愛しさが込み上げてくる。

「これが、その、信之介さんの食べさせたかったライスオムレツなのですよね。わたしが食べられなかったライスオムレツなのですよね。ようやく、食べることができました」

 まなこの裏側が、再びじわりと熱を帯びるのを感じた。

「いいえ、違います」

 その言葉はまるで、別の世界から届いたように鮮烈な響きを持っていた。料理長が小さく辞儀をする。

「信之介さんが食べさせたかったのは、この料理ではありませんでした。大変申し訳ありません。つくり直しますので、しばらくお待ちいただけますでしょうか」

 彼は半分ほど残った皿を持ち上げ、毅然とした足取りで厨房へと戻っていった。珠代はその様子を、ただ茫然と見守ることしかできなかった。かたわらにいた女給も、深く一礼して厨房へと戻っていった。

 再び、少年のような給仕と二人きりになる。

 料理長と女給の背中を追っていた彼が、こちらを見て、困惑した笑みを浮かべた。けれど、それは最初のときよりも、ずいぶんと自然な笑顔だった。

 再び料理を持って女給が現れた。うしろには料理長もついている。

「大変お待たせいたしました」

 あらためてテーブルに置かれた料理は、先ほどのライスオムレツとはまるで見た目の違うものだった。共通点と呼べるのは、楕円形に盛られていることくらいだろうか。先ほどの茶色いソースはなく、赤い、おそらくケチャップが、中央付近からお皿に垂れる恰好でかかっている。

 そしてなにより、具材を混ぜた炒め飯のようなものが盛られているだけで、先ほどは全体を包んでいた卵が消えている。したがって、ごはんの粒がはっきりと見えた。そのごはんも先ほどのように色づいてはおらず、白いままだ。目に見える具材は主に炒り卵だろうか。つまり、先ほどは外を包んでいた卵が、今度はごはんと混ざり合っている。

 女給に促されるまま、再びスプーンを手に取った。まずはケチャップをつけずに味わってみる。

 優しい味だ、と真っ先に感じた。かすかな塩味と、卵の素朴な甘みが感じられるだけだ。ときおりキノコや青豌豆が味わいを加えてくれるけれど、先ほどのようにごはんそのものから染み出る旨みはない。

 次に少量のケチャップを加えて食してみる。

「あぁ……」

 吐息とともに、思わず声が漏れた。適度な酸味が加わったことで、口中にさらなる甘みがひろがる。ごはんや素材の旨みがぐっと引き立ち、ついつい匙を進めてしまうおいしさへと一気に昇華する。事実、それほどおなかが減っていたわけでもないのに、気づけば半分近くを食していた。

 スプーンを持ったままの右手をテーブルに置き、艶々と輝く料理を見つめる。ひと皿目と二皿目、どちらもとてもおいしかった。けれど見た目も味わいもまるで違うもので、ライスオムレツという料理がなんなのか、まるでわからなくなってしまった。

「お気に召していただけましたでしょうか」

 かたわらで、料理長が優しい微笑を浮かべていた。

「はい、とてもおいしいです。けれど、これもまた、先ほどと同じライスオムレツなのでしょうか」

「そのとおりです。そしてこれこそが、信之介さんの食べさせたかったものだと、私は確信しています。完璧に再現できたとは思えませんが、大きくは違っていないはずです」

「どういう、ことなのでしょうか」

 まるで話が見えず、自然と眉間にしわが寄った。

「順を追って説明いたします」

 料理長の笑みが深まり、その瞬間、安心感が身の内にひろがるのを感じた。彼はとても不思議な人だと、珠代は心地好さに包まれながら思う。

2018年11月30日より毎日更新

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写真提供: aicocco

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