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冥土ごはん 第八回

by 小説丸

著 伽古屋圭市

イラスト:北村みなみ

あの世とこの世をつなぐ洋食店で起こる、五皿の奇跡を描くミステリー。

すでに続編が熱望されている注目作の第一話「別れのライスオムレツ」を先行公開。

あなたの“最後の晩餐”は何ですか?

 珠代に対する恐怖は、もうすっかり悠人のなかから消えていた。

 代わりに、疑問と好奇心が膨らんでいた。

 シェフの脩平はなぜ、見慣れない奇妙なオムライスをつくってきたのか。これが本当に信之介が食べさせたかった料理なのか。脩平はなぜそのような結論に至ったのか。なにもかもが謎だらけだ。

 穏やかな笑みのまま、彼の説明がはじまる。

「まず我々は一般的に、これらの料理をオムライスと呼称していますので、そう呼びますね。オムライスというのは、西洋料理において本来別々に供されていたオムレツとライスをまとめたものです。明治維新により伝わった西洋料理に、日本人が独自に創意工夫を加え、新たにつくり上げた料理──すなわち洋食の代名詞ともいえるメニューです。

 このオムライスを誰が最初につくったかは、いくつかの説があります。しかしそのなかでも有名な説のひとつが、いま皿の上にある、この料理です。銀座の老舗洋食店で、賄い飯からはじまり、やがて店のメニューに載るようになりました。明治三十四年のことです。

 ただしこのオムライスは、その後一般に普及したものとは趣が異なります。マッシュルームなどの具材をごはんに混ぜ、さらに溶き卵を加え、フライパンで焼いてつくります。味つけは塩こしょうが中心で、それをそのまま皿に盛って完成です。印象としてはオムライスよりも、チャーハン──炒め飯に近い」

 脩平はそこでいったん言葉を切り、「さて──」と豊かなひげを撫でた。

「いくつか質問をさせてください。中野さまは料理がお上手ですよね。少なくともお好きですよね」

「あ、はい。わりとよくつくりますし、それなりには。洋食はまるで不案内ですが」

「そのことはもちろん、信之介さんもご存じで」

 珠代は幸せそうな表情を浮かべ、はい、と照れたように頷いた。

「じつは、毎日のように彼にお弁当をつくっていましたので。信之介さんはひとり暮らしの自宅に小さなアトリエを構えていて、そこでいつも絵を描いていたんです」

「ほう、彼は絵描きだったのですね」

「絵で暮らしてゆけるほどに売れていたわけでも、仕事の依頼があったわけでもなかったのですが。それで、そのアトリエにお弁当を届けていたんです。そうしないと彼はろくに食事も摂らずに絵ばかりを描いてしまいますから。信之介さんは毎回必ずきれいに食べ、欠かさずお礼を言ってくれました。それは、やはりとても、嬉しかったです」

 珠代の顔が蕩けるようにやわらかくなり、かすかに頬を朱に染めた。

 信之介という人物はなかなか男前だったのだなと、悠人は感心する。現代以上に、そういうお礼の言葉をきちんと伝える男性は少なかったのではないだろうか。

「そうですか、お弁当を」脩平もまた、彼女の幸せに当てられたように相好を崩していた。「先ほど、チキンライスのつくり方に興味を持たれたこと。ケチャップのくだりで『食したことはない』ではなく『使ったことはない』と言及したことで、中野さまが日常的に料理をつくられていると推測しました。ちなみに、店で食べた料理などを、再現してみせるようなこともあったんじゃないですか」

「ええ。信之介さんが気に入った料理の味を真似てつくったことは、何度もあります」

「やはりそうでしたね。さて、話は変わりますが、信之介さんは、よく縁起を担ぐ人だったでしょうか」

 珠代は少し驚いた様子を見せた。

「はい、まさに。信心深いといいますか、信之介さんはいわゆる縁起屋でした。迷信を信じることも多かったですし、古くからある風習も必ずきちんと勤めておられました」

「年中行事以外でも、たとえば勝負ごとや、大事なことの前に、験担ぎのようなことも?」

 どうして、とつぶやきながら珠代は苦笑した。

「料理長さまはそこまでお見通しなのでしょうか。じつは二年ほど前から、信之介さんは競馬に凝っておられて」

2018年11月30日より毎日更新

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写真提供: aicocco

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