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冥土ごはん 第九回

by 小説丸

著 伽古屋圭市

イラスト:北村みなみ

あの世とこの世をつなぐ洋食店で起こる、五皿の奇跡を描くミステリー。

すでに続編が熱望されている注目作の第一話「別れのライスオムレツ」を先行公開。

あなたの“最後の晩餐”は何ですか?

「競馬?」

 悠人の発した声は思いのほか大きく、皆の視線が集まった。大正時代から競馬が開催されていたとは知らなかった。狼狽しながら「すみません。どうぞつづけてください」と促す。

「たしかに、あまりいい趣味ではありませんよね」悠人の驚きを勘違いしたのか、珠代は困ったように眉尻を下げた。「料理長さまがおっしゃったように、信之介さんは必ず験担ぎをしていました。目黒の競馬場に赴く前に、搗栗やカツレツを食したり」

 そういった験担ぎの仕方は、昔もいまも変わらないなと悠人は微笑ましく思う。

「なるほど、競馬ですか」脩平は満足げに笑みを濃くした。「それは、ますます確度が高まりました。さて、質問は以上です。それでは、これまでの中野さまの話を聞いたうえでの、私の考えをお伝えします。

 信之介さんは、連れていこうとしていた店のライスオムレツを、中野さまにつくってほしいと考えていたのではないでしょうか。これまでと、同様に」

「え……?」珠代の顔には、明らかな戸惑いが張りついていた。「どうして、そのような……」

「信之介さんはこう言ったのですよね。あなたにそのライスオムレツをぜひ食べてほしい、知ってほしいのだと。彼はなぜ『知ってほしい』と付け加えたのでしょうか。自分の好きなものを愛する人と共有したいと思っただけなら、『食べてほしい』で充分なはずです。『知ってほしい』と加えたのは、中野さまにそのライスオムレツをつくってほしいと願ったからではないですか」

「でも……」子供が嫌々をするふうに珠代は首を振る。「それはあり得ません。あり得ないことです。だって──」

「信之介さんはあなたと別れるつもりだったから、ですか」

 脩平が言葉を引き取り、そんな彼を挑むように見つめ、珠代はこくりと頷いた。

「そうです。それ以外は考えられません」

「その認識は、間違っていたと私は考えています」

 脩平の表情にやわらかさが増し、反比例するように珠代の険しさが増す。

「どうしてそんなことが言えるのですか。いい加減なことをおっしゃらないでください!」

「ごはんと卵の関係です」

「ごはんと、卵……?」

 謎の返しに、珠代は気勢を削がれたようにきょとんとした。脩平は目を細め、天井を見上げる。

「大正十五年当時、銀座でオムライスを提供していた洋食店がどれほどあったのか、その形態も含め、正確なところはわかりません。けれど銀座の名店となれば、さらにライスオムレツという呼称からしても、やはり発祥となった店であった可能性は高い。この、卵に包まれていないライスオムレツです」

 脩平は皿の上に残る料理を、手のひらで丁寧に指し示した。

「信之介さんにとっても、親の決めた縁談を断り、あなたを選ぶというのは重い決断だったと考えられます。その先には数多の困難が予想されます。あなたに決意を伝え、ともに苦難に立ち向かっていこうと手を携えなければならないのです。縁起屋だった信之介さんが、なるべく験を担ごうと考えたのは当然の成りゆきだったと思われます。

 くしくも信之介さんの苗字〝飯田〟にはごはんを意味する〝飯〟という字があり、中野さまのお名前〝珠代〟には卵の〝たま〟が含まれます。信之介さんは自身をごはん、中野さまを卵に見立て、このライスオムレツに二人の未来を投影したかったんじゃないでしょうか。もちろんその喩えとともに、中野さまに自身の決意を伝えるつもりだったと思います。この料理をあなたにつくってほしいという願いとともに」

 脩平の話を聞きながら、悠人の視線はテーブルの上へと自然に向けられた。ごはんと卵が調和し、混じり合ったライスオムレツに。

 当時の時代性を、詳しく知っているわけではない。けれど親の決めた結婚に抗うことは、現代とは比べものにならない難しさがあったはずだ。飯田家の経済的な安泰を考えれば、葛藤も大きかったと思える。

 珠代もまた、じっとライスオムレツを見つめていた。表情らしきものはなかったけれど、その向こうに、在りし日の光景を見ているのだろうか。彼女の肩に、脩平の言葉が優しく降りそそぐ。

「あなたと信之介さんは、食という部分で深く結びついていた。だからこそ二人の関係を料理になぞらえようとしたのでしょうし、こだわる必要があった。もしほかの洋食店に行って、ひと皿目に出したような、ごはんと卵が分かれたオムライスが出てきては困るのです。きちんとした西洋料理店に行って、ライスとオムレツを別々に頼むわけにはいかなかったのです。二人の別れを連想させてしまうからです。

 この推測を裏づける根拠は、もうひとつあります。信之介さんは翌日に出向くのを忌避し、六日後にしようと言ったそうですね。なぜ、六日後だったのか。彼が縁起屋だったことを考えれば、ひとつの推測が容易に立ちます。そう、六曜です」

2018年11月30日より毎日更新

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写真提供: aicocco

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