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冥土ごはん 第十回

by 小説丸

著 伽古屋圭市

イラスト:北村みなみ

あの世とこの世をつなぐ洋食店で起こる、五皿の奇跡を描くミステリー。

すでに続編が熱望されている注目作の第一話「別れのライスオムレツ」を先行公開。

あなたの“最後の晩餐”は何ですか?

「ろくよう……?」

 悠人の発した疑問に、ずっとにこやかに見守っていた香子が答える。

「大安や仏滅といった、吉凶を占うあれですよ。暦注のひとつで、六輝という言い方もありますね」

 さらに脩平が教えてくれる。いまでこそ冠婚葬祭と結びついているイメージが強いが、内容としては勝負ごとにまつわるものが多く、博徒が好んで用いていたという。

「もとより験担ぎとギャンブルは、切っても切り離せないものですからね。なにごとも上手くいくとされる大安の日を、信之介さんが選んでいたと考えるのは突飛な発想ではないはずです。そして六曜の順番『先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口』は、旧暦の月初にならないかぎり崩れることはありません。大安の翌日は必ず赤口になるのです。なにごとにも凶とされる最悪の日です。次に大安となるのは、六日後です。

 信之介さんが最初の店に頑なにこだわったのは、そうするだけの強い理由が、強い思いがあったからにほかなりません。だとすれば彼が伝えたかったのは、あなたと今後も歩んでいく決意だったとしか私には思えません。彼の言動はすべてそれを指し示しています。信之介さんは味つけが少し変わっただけで拒絶するほど、繊細な舌を持っていました。けれどあなたのつくるお弁当は、いつも残さず食べていた。それがすべての答えだと思います。人生において、食ほど大事なものはありません」

 そう言った脩平の表情には、どこかしら誇らしさが滲んでいた。

 変わらずにライスオムレツを見つめていた珠代の顔には悲しさと嬉しさが綯い交ぜになった、複雑な陰影が刻まれていた。ふふ、と小さな笑みが口の先にこぼれる。

「料理長さまの推測は、おそらく正しいと思います。お話を聞きながら、最後の記憶をずっと思い返していました。信之介さんの態度や言葉には、緊張や決意が滲んでいたような気がします。いま、ようやく、そのことに気づかされました。本当に、いまさらですよね。だって、死んでからなんですもの」

 まるで自分を嘲るように噴き出す。とても悲しい笑いだった。

「きっと、頑なになっていたのはわたしのほうですよね。悲劇の主人公にでもなったつもりで、信之介さんのことをなにも見ていなかった。わたしは心から愛していたはずの人を、信じきれなかった。ちゃんと彼のことを信じていたならば、わたしは死ぬこともなかったのかもしれませんね」

「でも……!」悠人は思わず声を上げていた。それでは、あまりにも悲しすぎる。「それは珠代さんが悪いわけじゃないです。轢いた車の運転手が悪いんです。あ、でも、飛び出した珠代さんも……いや、そんなことはどうでもいいんです。きっと、いちばん悲しんでいるのは信之介さんです。自分の決断も告げられないまま、愛する人に先立たれたんですから。しかも勘違いされたままかもしれないんです。信之介さんは絶対に自分の気持ちを知ってほしかったはずです。……って僕、なにを言っているんでしょうね」

 見通しもなく、思いつくままに言葉を連ねていたのだから話がまとまるわけがない。

「ありがとう」けれど彼女は礼を言ってくれた。「そうですね。わたしの人生は、幸せな、満たされたものだったと思います。愛する人に、最期まで愛されて生きられたのだから。いつになるかわかりませんが、あの世に信之介さんがやってきたら、ありがとうって伝えます」

 そう言って微笑んだ珠代は、死者であることを忘れるほどにきれいだった。

 その後、珠代はライスオムレツを、何度も「おいしいです」と口にしながら平らげた。深々と頭を下げ、来たときと同じように扉のなかに滲むようにして帰っていく。

 彼女の帰りを見計らうかのように、厨房から果菜子が戻ってきた。悠人は問いかける。

「どうして引っ込んでいたんですか」

「お客さまはひとりなのに、あんまり従業員が多くても邪魔でしょ」

 その含むような表情は、明らかに悠人が困惑する様子を見て楽しもうという魂胆が透けて見えた。彼女は両手を頭のうしろで組み、「結局さ──」とつぶやく。

「珠代さんは、信之介さんの胃袋を掴んでたってことよね。『男を掴むには、胃袋を掴め』って格言は本当なんだね」

「おっ」と脩平の顔に喜色が浮かぶ。「真剣に料理人の道を目指す気になったか」

「あら、お母さんも安心だわ」香子がつづく。

「え、ちょ、違うって。そんな意味で言ったんじゃないって」

 慌てて言い訳する果菜子を見つめながら、悠人は思う。少し変わった、いや、ずいぶんと変わった洋食店だけれども、ここでなら心を閉ざさずにやっていけるかもしれない。

 不思議なことや疑問は山積みで、正直まだ理解は追いついていない。でも同時に、明日はなにが起こるのだろうと、心が浮き立っているのも自覚している。こんなことは初めてだった。

 笑みを浮かべる脩平と香子、そして果菜子を見つめ、悠人もまた、小さく笑った。

 仄かな、けれどたしかな期待を、そっと握りしめながら。

(第一話・了 つづきは小学館文庫『冥土ごはん 洋食店 幽明店』でお楽しみください)

2018年11月30日より毎日更新

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写真提供: aicocco

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